辿り着いた廃墟は比較的綺麗なもので、ひび割れや崩壊などがほとんどなかった。
 廃墟にありがちな落書きやゴミも少なく、はて、と彼方が小首をかしげる
「ここ、なんか結構綺麗だね」
「あー、確かに。璃々さん、ここってなんだったとかわかりますか?」
 問われた璃々が、うーん、と唸りながらスマホをたぷたぷスクロールしていき、あ。と声をあげた。
「数年前に倒産したっぽい。まだ持ち主も手離してないとかで、そのうち取り壊して新しくなんか出来るかもってさ」
「ええ、そんなとこに住み着かれるとかちょー迷惑じゃん」
「ほンとだな。ま、ぱぱっとやろーぜ」
 にやり、獰猛な笑みを浮かべたひなたに苦笑しつつ、かなたもナックルをつけた拳をぎゅっと握り込む。
 敵は一体。
 人型に近く、死亡者こそいないものの、
『見逃された』
『殺されなかっただけ』
『逃げる様をただ眺めていた』
 といった意見が多く寄せられている。
 圧倒的に強いソムニウムにも関わらず、何故か殺しはしない。
 そういったことから、璃々に声がかけられたようだ。
 ひなたも共に呼ばれたのは以前に引き続き教育の為だと思われるが、そこらへんの事情はさっぱりな彼方だった。
「……なんか嫌な感じするんだよね。まぁ、気を引き締めていきましょ!」
 大鎌をぶんっと一振り。
 ひなたに負けず劣らずいい顔をした璃々が一歩踏み出す。
 それに続く二人も、己の獲物を強く握りしめ、いつソムニウムが出てきてもいいよう神経を研ぎ澄ます。
 歩いて、歩いて、最上階までたどり着いて。
「いねーじゃねェか!」
「璃々さぁん、すれ違い通信でもしました? いませんよー」
「おっかしいなぁ……」
 スマホを取り出し、アプリを開くも反応はこの地点のまま。
 一度アプリを消し、メッセージアプリを開きながら壁にもたれかかる。
「ちょっとゆえさんに連絡してみるねぇ。一応そこらへん警戒しておいてちょ」
「了解でーっす」
「まかせてください璃々さん!」
 そう元気に返事した二人だが、警戒しようと何もいない事実は変わらない。
「なぁなぁひなたー、こういうのってよくあるの?」
「いや……。ねェな。ちゃんといる。つまり、もしかすると喋れるくらいのやつが潜んでるかも」
 その言葉にきょとんとした彼方が、えーっと。と口を開く。
「喋れるのってすごいの?」
「……ツッコミ疲れてきたわ。より強いソムニウムは言葉を理解し、喋るの。意思疎通ができるの。つまり知能が高い。だから強い。わあったか?」
「へえ……。璃々さんに来る仕事、みーんな喋る相手だったから、知らなかった」
 あんぐり口を開けたひなたを見て、えへっ、と笑う彼方。
 璃々は思いついたことしか言わない。今回も恐らくそれだろうと思ったのだ。
「や、……ああ? は? えぇ……。彼方、おめー、それについてって、よく死ななかったな」
「……最初、化物に会った時」
 ふ、と彼方の表情が曇る。
 次には、出来るだけ明るい笑顔を浮かべているのだけれど。
「友達二人は、死んだ。喋る化物だった。璃々さんが、一瞬で殺してくれた。いっつもそうだよ、璃々さんは苦戦することもなく、簡単に殺していく。寧ろ物足りないとか、つまんないとか言ってた」
「なる、ほどな……。そっか。やっぱすげー人なンだな」
 尊敬の眼差しを向けたその瞬間、着信音が鳴り響きびくりと彼方が肩を震わせる。
 どうやら璃々の携帯らしく、耳にそれを当てた。
「もしもしお疲れ様です。……は? いやいやいやいや。生き残った人間が突如発狂した? 危険度あげんじゃねーよ。二人は退避させるけれどよろしくって? ……、……中間管理職は大変だなぁ? 勝手にやらせてもらうからいつも通り命令無視にしとけくそったれ」
 通話内容までは聞こえてこないが、璃々の言葉に二人は思わず武器を握り締め顔を合わせる。
「やばそう、だな」
「あたしらの手に負える感じじゃねーな、これ……」
 スマホをしまい込んだ璃々が盛大に舌打ちをして、そのままにこっと笑う。ほんの少しだけ苛立った笑みは、二人の緊張感を高めるに十分すぎるもので。
「撤退するぞー。発狂は時間差があるっぽい。最初に会敵した三人組が揃って発狂。ドライバーは無事なあたり、攻撃を受けたのが原因だと思われ。殺して解除されるなら御の字、ワンチャンノーミス撃破が求められるし厳しいでしょ」
「一階にたどり着くまでに仕掛けてくる可能性ありません?」
「あるね。あるから、飛ぶぞ」
「えっ。璃々さん、ここ二階三階とかそういうレベルじゃないですよ?」
「ほら、捕まって。大丈夫だから」
 恐る恐る、といった様子で彼方が璃々にぎゅうっと抱き着く。
 その反対からひなたも抱き着いたところで、バチン、と音が聞こえ。
「っぱ狙ってたか! ごめん二人とも、先に戻ってて! ゆえさんによろしく!」
 二人の視界がぐにゃりと歪む。
 迸る血しぶきと、歪む端正な表情、人間離れした美しさを持つ……。
 


 ばっ、と目を開いたとき、二人は後部座席に座っていた。
「……おかえりなさい。状況は芳しくないようですね」
 ミラーから覗くゆえの表情はとても険しく、スマホをじっと睨みつけている。 
「え、えっ? ゆえさ、今俺たち最上階にいて……」
「どういう……璃々さんて一体……」
「……さて。きみたちはここで待機ですよ。璃々さんが戻るまで大人しくしていてくださいね」
 どこまでも穏やかな声に、彼方は思わずぎゅうっと拳を握り込んだ。
「でも、ゆえさん! 璃々さんが危ないんですよ! ノーミス撃破しないと駄目って、璃々さんは強いけど、でも!」
「じゃあ、彼方くんが行ってどうにかできますか?」
「それ、は……」
 出来るとは思えない。
 圧倒的に強い彼女が負けるとも、思えない。
 でも、万が一。
 攻撃を喰らってしまい、ソムニウムを殺してもどうにもできなかった場合。
「ゆえ、さん……。ゆえさんは、璃々さんが、好きなんですよね」
 彼方の思考を遮ったのは、いつも以上に落ち着いたひなたの声。
「怖くないんですか。好いた相手が二度と戻ってこないかもしれない、それが、怖くないんですか……?」
 今にも泣きそうな程震えた声に、ゆえは小さく息を吐き出した。
「私にできるのは、待つことだけです。待つしか、出来ないんですよ。無事を願うことの無力さと虚しさがわかりますか? ……いえ、すみません」
 八つ当たりですね、と苦笑するゆえに、二人は黙らざるを得なかった。
 力を持つものと、持たない者。
 璃々より圧倒的に弱い自分たちが行っても足手まといだけど、行くという選択肢は存在する。
 でも、彼にそれはない。
「まぁ、ほら。彼女は強いですから。いつものようにへらへらしながら戻ってきます」
 その言葉に、確かにと納得してしまう。
 そう、流されかけた。
「! だめ、だめ! さいご、一瞬意識飛ぶ前! 血出てただろ!? あれ、あれ、あたしら庇って……!」
 ひなたの叫びに、彼方はドアを開け駆け出していた。
 足手まといだとか、無力だとか、考える間もなく、助けなければと、そう強く思って。
「……ひなたさん」
「あっ、はひ……」
「あなたは、大人しく、待ちますよね?」
「まちます……」
 取り残されたひなたは駆け出すこともできず、ゆえから放たれる威圧感に怯える羽目になっていた。


 
 静かなビルの内部に、パチン、パチン、という音が響く。
 大鎌を構えた状態で音の場所を探るも、すぐ移動してしまいいまいち敵の位置が判別できない。
 どうやら無機物内に潜る、ないし同化し移動することができる……というところまでは読めていた。
 でも、それだけ。
 子供たちは車に送ったものの、状況は非常によろしくなかった。
 思わず出てしまった舌打ちと険しい表情のまま口を開く。
「さっさと出てこいや。めんどくせーこた嫌いなんだよこちとらよぉ」
 パチン。
 音が止まり、璃々の目の前に現れたのは美丈夫。
 黒の髪を後ろで束ね、燕尾服に身を包んだ長身の男が、にこりと笑う。
「あら顔がいいこと。ところで確認なんですけれど、あなたと対峙した人間が発狂したらしくて。あなたのせいかしら?」
「まぁ、そうとも言えますね」
「ふうん。それ、殺したらどうにかなる?」
「さて、どうでしょうか……。殺してみれば、わかるのでは?」
 パチン、音が聞こえ、男は再び消えた。
「め、めんどくさ……」
 既に一撃はいれられている。
 じくじく痛む腕が利き手じゃなくてよかったと安堵すべきか、発狂コース確定ルートという事実に発狂すべきか。
「んんん……、私面倒なことは嫌いでね。どうせ壊す予定でしょここ。ならいいよね?」
 上腕の痛みを無視し、ぐっと大鎌を握り込む。
「死ねクソッタレが!」
 むやみやたら振るったところで当たらない。ならば、隠れる場所をなくしてしまえばいいじゃないか。
 そんな思考のもと大鎌から放たれた衝撃派は、轟音と共に一階天井までを綺麗さっぱり消し去っていた。
 当然彼女も落下するかと思われたが、ふっと姿を消したかと思えば一階に立っている。
「り、りりさん……?」
「あー。帰れ」
 突如消し飛んだ天井と、いきなり目の前に現れた璃々。
 意気揚々と飛び込んだ彼方もさすがに予想外過ぎてついていけなかったし、いつも以上に辛辣な璃々にかなり驚いていた。
「ごめん、あいつめっちゃめんどくさくて、守れる気がしない。無機物と同化するみたいで、あと愉悦民。こっちの反応見て遊んでる。発狂は恐らくあいつのせい。殺したら解除されるかもわからない。だから、戻って」
 パチン。
 音と共に足を掴まれ、咄嗟のことに反応が遅れた彼方。
「ええい鬱陶しいもぐら叩きさせんじゃねぇ!」 
 大鎌が足元に叩き込まれ、ひゅっと喉が鳴る。
「普段のお遊びじゃないのよ。まぁ、そのうちこんなんとも相手するだろうけど……」
「いやです」
「うっそじゃーんそこ帰る流れじゃーん」
「でも、いやなんです……いやなんだよ……」
「……ソムニウムさぁん、ちょっとタイムくれない? 五分でいいからあ」
 パチン。
 姿を現した彼は、肩を震わせていた。
「んっふふ、んく、いいですよ……っふ、愚か……実に愚か……実力もわからない人間から死んでいくというのに……人間は愚かですねぇ……」
「いいんだ……あざま……」
 疲れを隠しもせず、彼方の肩をがっと掴む。
「ね、なんで嫌なの?」
「もう誰かが死ぬのは、嫌なんだ」
「そうだね。でも、足手まといだよ。さっきみたいに捕まって人質になっちゃったら、私普通に死んじゃうよ」
「……」
「うっやだ泣きそうな顔しないで、私はその顔に弱いんだ……」
「ごめんなさい、勢いで、なんも考えてなくて……璃々さん怪我してたって、ひなた言ってて……ごめんなさい……」
「……うぐぐ、心を鬼にできない……夢成さん似なのが悪い……」
 罪悪感を滲ませた表情から一転、ぎっとソムニウムを睨みつける。
「ねーねー、この子に手を出さないとか約束してくれたりしないー? しなさそーなキャラしてるよね」
「おやおや、心外ですね。まぁその通りですけれど」
「……このまま外に逃がしたとして、どうする?」
「捕まえますけれど? いい人質になりそうだ」
「っぱそうだよな! 知ってた! 知ってたよ! オラァ彼方ァ! 構えろ死ぬなよ」
「ほんっとごめんなさい! マジですみませんでした! もうほんと……無理……」
 ぽんぽん、と頭を撫でられ、彼方は顔を上げる。
 そこには、優しい笑顔を向ける璃々が居て。
「こっちこそごめんね。守れると思えない。死ぬかもしれない。でも、庇わないで。いいね?」
 有無を言わせぬその声に、頷くことしかできなかった。
「お話は終わりましたか?」
「終わりましたあ。お優しいソムニウムさんのおかげでね、終わりましたよ」
「そうですか、もっとお礼を言ってくださってもよろしいんですよ?」
「ありがとうございましたァ! 死ねくそったれ!」
 にんまりと、整ったその唇が歪む。
「お初お目にかかります。わたくしはマジクと呼ばれております。以後お見知りおきを」
 大袈裟でありながらも洗礼されたお辞儀に、璃々は鼻で笑う。
「どーおも、青葉璃々でーす」
「夢成、彼方です」
 二人の名を聞いた途端、ぱしぱしと瞬きをし、そうして。
「ふふ、ははははは! やっと出会えましたねぇ! 特別な魂を持つ者と、半端者。まぁわたくし正直特別な魂とかはどうでもよいのですが、一応お仕事なので、ええ」
「やだ彼方くんアレ怖い……なに……」
「え、わかんない……。でも、特別な魂って、俺、前も……」
 最初に出会ったソムニウムが、そう言っていた。
 忘れられるわけもない、あの化物が。
「ところで提案なのですが……」
 にこにこと、彼が璃々に手を差し伸べる。
「以前種をしかけた者たちを救ってさしあげてもいいですよ?」
「ふーん、対価は?」
「そちらの人間は正直興味がないので見逃してさしあげましょう。ですが、青葉璃々。あなたはこちらへいらしてください」
「……というと?」
「人で在り続けるのは苦痛でしょう? 人は愚かだ。違うというだけで排除する。異端だと、化物だと同じ人を見下し続ける。一体何が違うというのか……。皆共通して愚かでしかないというのに」
「却下で」
 振るわれた大鎌は、無防備な腕を意図もたやすく跳ね飛ばした。
 宙を舞い、ぼとり、と地に落ちたそれを無感動にみやり、彼はやれやれと首をすくめる。
「残念です。あなたは人と相容れないでしょうに」
「てめぇ、さっきから好き勝手、璃々さんの何を知って言ってんだよ、璃々さんは優しくて、かっこよくて、人間味たっぷりな素敵なおねーさんなんだぞ!」
「へえ……?」
 彼方の叫びにくすりくすり笑ったマジクは、落ちた腕を拾い上げ璃々の方へ投げ飛ばす。
 当然受け取るわけもなく、大鎌で弾かれた腕はもう一度床へ叩きつけられた。
「そちらはさしあげますよ」
「いや、いらんが」
「おやおや。助けたくないんですか?」
「え……」
 言葉の意味がわかった璃々と、わからない彼方。二人が同時に出した言葉に、彼はくすくすと笑う。嗤う。
「ま、そうでしょうね。あなたはそうでしょう。ほらやっぱり人として生きるのは向いていない」
「……それは」
 ぐっと口ごもる璃々に、とうとう彼はけらけらと笑い声をあげる。
「お前、さっきからうるせえよ」
「っと。危ないですね」
 璃々に集中しているから、とこっそり近付いて渾身の拳をいれる、つもりだった。
 あっさり避けられたそれに、もう一度、もう一度と何度も殴ろうとして、そのすべてが当たらない。
「軟弱ですねぇ。わたくし、強い者が好きでして。ですが、ふぅむ」
 彼方の拳をあっさり受け止め、そのまま瞳を覗き込む。
「な、んだよ、離せよ!」
「誰でしょうね。あなたの能力を封じているのは」
「それ、どういう……」
「そのままの意味ですよ。あなたは力があるはず……。ですが、何者かに封じられているご様子。自力で解くか、封じた者を探すか。……仕方ないですね。今日はお暇いたしましょう。怒られそうですが、まぁ……」
 視線の先には璃々。
 今にも当たりそうな大鎌に、彼方をぽいっと捨てパチン、と姿を消す。
「今の夢成彼方、あなたは使い物にならない。精々強くなってください。青葉璃々。いつでもこちらへ寝返ってくださっていいんですからね」
「ふざけんな誰が寝返るかよ!」
「いつか、あなたはこちらへ来る。予言してさしあげましょう」
「……」
 くすくす、ふふふ、笑い声が徐々に遠のいていき、あたりは静寂に包まれる。
「気にしなくていいよ、彼方くん。あいつらの言うことなんて」
「璃々さんも、璃々さんだって。気にしなくていいんですよ。あんなの。璃々さんは素敵な人なのに……」
「……どうだろうね」
 落ちた腕を拾い上げ、ぽーん、ぽーんと放り投げ、掴んで、を繰り返す璃々。
「ごめん彼方くん。先に帰ってて。ゆえさんにも、今日は帰らないかも、って言っといて」
「え、璃々さん、まさか追うとか……?」
「まさか」
 不安げな視線を受けたまま、しかしいつものように優しい声をかけることも、頭を撫でることもなく、彼女は背を向ける。
「でも、そう、ちょっとだけ、気になることがあって。お仕事、止めてもいいけど、どうする?」
「あ、いえ、バイトは……続けたいですけど……」
「そう。じゃあ、取り計らっとく。ああ、そうだ。魂とか、そういうのは、報告しない方がいい。……じゃね」
「あっ……、消えた……」
 声をかける間もなく、彼女は消えてしまった。
 まるで、最初からいなかったかのように。
 しばし呆然と璃々のいた場所を見つめて、そうして、気付く。
「ゆえさんに、なんて……言えば……」
 待つしかできないと、彼は言っていた。
 そんな人間に、なんと伝えればいいんだろうか。
「えやだ戻りたくない……」
 切実に消え入りたい、そう思いながらも、足取り重くゆえとひなたの待つ車へと戻っていく。
 ぎゅっと拳を握っても、大きく息を吸っても、伝えなければならないという事実は変わることなどなく。
 車を目の前にし、ようやく覚悟が決まる。
 がら、と勢いよく扉を開き、ぎゅっと拳を握り込み。
「ええっと……あの……伝言がありまして……」
 出た声は、非常に情けなかった。
「璃々さんからですか?」
「あっはい……あの……今日は帰らないかも、らしいです……」
「……へえ?」
 車内の温度が一気に下がった気がした。
 いそいそと車に乗り込んだ彼方がそっとひなたの手を握ったけれど、ひなたもひなたでゆえが怖かったのでぎゅっと握り返す。
「ほかに、何か言ってましたか?」
「あ、いえ……」
「じゃあ……、ソムニウムは、何かほざいてましたか?」
 彼方の脳裏に思い浮かぶのは、人と相容れない。その言葉。
 でも、それを直接伝えていいのだろうか。
 少し悩んだのち、結局口を開く。
「璃々さんが、人と相容れない、って。言ってました。こちらへ寝返れ、とも」
「そう、ですか。ちゃんと、断ってました、よね……?」
「即答で断ってましたよ。でも、なんか思いつめた感じで……」
「一日どころじゃすまないかもしれませんね……」
「え?」
「いえ、なんでも。それより一度報告へ向かいましょうか」
 うまく聞き取れなかったが、話を逸らされてしまっては聞き出せない。
 ひなたの手を握ったまま、俯くことしかできなかった。