2022-01-01から1年間の記事一覧

あかりちゃんとゆかりさんの話。

取りこぼしてしまうような衣擦れの音がやけに耳に響く。 今からこの人とするんだ、という緊張感で感覚が研ぎ澄まされているのかもしれない。(……ああ、そうか) 考えて、ようやっと気づく。 かつて憧れた女と今からセックスするという事実に、緊張しているん…

11

翌日。 昼までたっぷり惰眠を貪った彼方が、ぼさぼさ頭のままリビングへ向かう。シチューのいい香りが漂うそこには祖父である修と、もう一人見慣れぬ人間が居た。 黒の髪に、彼方と似た、でもそれよりは少し色素の薄い青い瞳。 長身痩躯の男は、彼方を見てふ…

10

本社に戻り、報告の為五階へ向かい、コンコン、とゆえがノックをする。 ややあって聞こえた返事と同時に扉を開ければ、疲れ切った表情の市井がこめかみをぐぐ、とおさえているところだった。「ああ、お疲れ様です。報告でしたらあらかた璃々さんから受けまし…

辿り着いた廃墟は比較的綺麗なもので、ひび割れや崩壊などがほとんどなかった。 廃墟にありがちな落書きやゴミも少なく、はて、と彼方が小首をかしげる。「ここ、なんか結構綺麗だね」「あー、確かに。璃々さん、ここってなんだったとかわかりますか?」 問…

朝九時、ソムニウム対策ビル五階。 クーラーのよく効いた部屋に、彼方たちは案内されていた。 机に座り腕を組む三十代半ばの男……、市井昇が、つらつらと説明事項を話す。「ソムニウムの情報は随時更新されていますので、通知が来た際は確認をお願いします。…

日課となりつつある朝のランニングを終え、シャワーを浴び、目玉焼きも一緒に作れるトースターでパンにベーコンを乗せて焼く。 先に目玉焼きを作っておいて、あと数分のところでパンをいれないと焦げてしまう。 そわそわ時間を確認しながらパンを入れ数分。 …

腰をひねり、拳を叩き出す。 全力でやっているのに、その顔面に届くことはない。 ならばと腰を落とし、蛇の部分でなく人間の部分を狙う。それも、軽々後方へ跳んで避けられてしまったが。「だー、当たんね!」「脳筋かよ考えて動けこンのダボ! メモリアは武…

夢成彼方は機嫌が悪い。 普段は仏頂面で固く結ばれた口がこれでもかというほどへの字に曲がっており、頬杖をついたせいで寄った頬肉がそれを更に強調している。 そんな視線の先にいるのは、彼方とは真逆で楽しそうな璃々。小柄な体躯でどう扱っているのか、…

あれよあれよというままにゆえが運転する車へ放り込まれ、コンビニに寄って温かいコーヒーを渡された後家へ送り届けられた。 潰さない程度に握りしめていたはずのカップはほんの少しだけへこんでいて、中身はぬるくなっている。 家に入りたくない彼方を見守…

どうしてこうなったんだろう。 頭の中を占める疑問に答えてくれるものは誰もいない。 廃墟にある一室に身を隠し、ただがたがたと震えることしかできない。 こんなことなら、どうして。 ぐしゃぐしゃと肩口まで伸びた髪をかきまぜる。ヘアゴムは、いつの間に…

彼方が待ち合わせ場所についた時、既に二人は揃っていて、妙にそわそわした雰囲気で彼を迎え入れた。「おっそいぞ彼方! 待ってたんだからな!」「彼方、こいつは頼りにならない。お前だけが盾なんだ……!」「いや人を盾にすんなよ圭太。つか早いなお前ら、待…

ソムニウム

みんみんじゅわじゅわかなかなと蝉が鳴き、刺すような日差しが照り付ける夏の日。 終業式も終わり誰もいない放課後の教室でこそこそ顔を寄せ合う三人組が居た。「でもよ、肝試しつったってどこにそんなホラースポットがあるの」 めんどくさそうな表情を隠し…