あれよあれよというままにゆえが運転する車へ放り込まれ、コンビニに寄って温かいコーヒーを渡された後家へ送り届けられた。
 潰さない程度に握りしめていたはずのカップはほんの少しだけへこんでいて、中身はぬるくなっている。
 家に入りたくない彼方を見守るように佇むゆえと瑠璃を、ゆっくり見る。
「……あの。じーちゃん、知ってるんですよね」
「まあ。知っていますね」
「とっても知ってる。あいつの拳は痛いんだ」
 大物である夢成修をあいつ呼ばわりする青葉璃々は一体何者なのか。
 少しだけ気になった彼方だが、今はそれどころではない。
「中に……いますよね……」
 ついっと視線を逸らした璃々。
 どう考えても答えであるその反応を認めることはできず、縋るようゆえを凝視する。
「いますよ。私がお送りしましたので」
 結果、得られたのは確信と絶望だけだった。
「終わった……。璃々さん、一緒にタコ殴りにされましょうね……?」
「え、やだ助けてゆえさん」
「私資質なし一般ドライバーなので無理ですかね」
「この世の終わり……! 彼方くん……!」
「璃々さん……!」
 助けて、と濁音がつきそうな勢いで叫ぶ二人に溜息を吐き出し、玄関チャイムを押すゆえ。ぴんぽーん、と響き渡る音に、二人はとうとう強く抱きしめ合う。
「やだやだ、痛いのはやだ!」
「俺もやだ! タコ殴りはやだ!」
 がちゃり、恐怖の音が静かに聞こえた。
「うるっさいわ馬鹿二人! 近所迷惑! はあ、ゆえくんごっめんね~うちの馬鹿二人が」
「は? 一人は私のだが?」
「う・ち・の! 馬鹿二人だから」
「きっと草派の陰で泣かれるでしょうね……この歳にもなって若い女にうつつを抜かすなんて……」
「は? 璃々ちゃんを拾ったのは僕だが? 嫁も可愛がっていたが?」
「先に知り合ったのは私ですので。あなたは恩人かもしれませんが心を許せる存在は私だけだと思っていますし?」
 全て笑顔で交わされる応酬に、二人は抱きしめ合う力を強めた。
「あんな、威厳の欠片もないじーちゃん、見たくなかった……」
「いやあの人かっこつけだし素はあんなだよ。は~ゆえさんに愛されててうれし~! でも怖い~!」
「みんな馬鹿じゃん……」
 人のことを言えないのは理解しているが、それはそれ。全て棚にあげ、にへらにへら笑う璃々の頭をなんとなく撫でた。
 その瞬間。
「おい馬鹿孫が璃々ちゃんに何してやがる」
「恐怖を緩和させるのに人肌が最適とはよく言ったもので、そこまではまぁ……、私は心が広いので許しましょう」
「んっふ、あっはっはっはっは!」
 すっかり消え去った二人の笑顔に、思わずぴゃっと飛び上がり璃々から離れる。そんな三人を見て心底楽しそうに笑う璃々は、どこかおかしい。
「……さあて、彼方くんの緊張もほぐれたかな? お茶でもいれますね~」
「おうこら待てや馬鹿一号」
 そろーりそろーりと修の横を通り抜けようとした璃々の首根っこががっしりと捕まれる。ひゃん、と鳴いた彼女は、そのまま借りてきた猫のようにおとなしくなった。
「助けなくていいよ」
「助けませんよ」
「二人って実は仲が――」
「は?」
 彼方が脳死で放った言葉は、二人分の声にかき消される。
「……ナンデモ、ナイデス」
 結果。
 失言した彼方も首根っこを掴まれることとなったのだった。

 

 温かい緑茶の香りが室内を満たす。
 煙草が吸いたいとぼやいた璃々はゆえの笑顔で黙らされ、ソファにも関わらず体育座りでいじけている。
 その横に座る彼方は、真正面に座る祖父から放たれる圧に気圧されていたし、横から放たれる威圧感をものともしないゆえは、我関せずでスマホをぽちぽち触っていた。
 ふ、と修が威圧感を解く。
「璃々ちゃんから報告は聞いたよ。死者二名、二人ともソムニウムに取り込まれた可能性大。彼女の介入により助かった人間が一名。……なんでも、さあ」
 と、ここで再び笑顔の威圧が始まった。
 今ここで抱きしめたらだめかな、だめに決まってんだろ起きろガキ。そんなアイコンタクトは、ゆえの咳払いにより終了した。
「生存者は資質検査における資質がなかったにも関わらずメモリアを使いこなし、対象を殺害一歩手前まで持って行った。しかし、対象による精神攻撃で戦意喪失」
 威圧感が消えた。
 何が起こったのかと、彼方は真っ先に璃々を見る。彼女の視線は彼方にまっすぐ注がれているし、なんならにっこにこだし、更には口パクで、がんばれ。と言われている。何故だ。
 次にゆえを見ようとし、正面に座る祖父の表情に気付き、言葉をなくした。
「生きてて、よかった」
 細い、老いた両の指が表情を覆い隠している。
 けれど、頬を伝うものは隠しきれていなかった。
「じ、じーちゃん……俺……おれ……」
「いいんだ。ちゃんと説明していなかった僕が悪い。みんな死んじゃったから、きっと理解してるだろうと思っていたんだ……。けど、久木ちゃんが死んだのも、娘たちが死んだのも、彼方がちいちゃい時だったんだよね……ごめんね、ごめんね彼方……。失うことのつらさを、知ってほしくなかった……」
「ちが、俺が! 俺が……」
 俺が、なんだろう。
 助けて欲しくて、うろうろ視線を彷徨わせる。
 ゆえさんはいつの間にかソファからいなくなっているし、隣に座る璃々はいるものの、玄関へ続く通路をちらちら眺めている。
 彼方からの視線に気付いた璃々はにっこり笑顔でぽんっと肩に手を置いた。
 うそでしょ置いて行かないで。そう必死な視線を向けたけれど、彼女はそろーりそろーり部屋を出て行ってしまった。
 残された彼方は現状を打開できる気がしなかったし、どうしていいのかもわからない。
「じーちゃん……ごめん。約束、やぶってごめん」
 守れなかったつらさを、大丈夫だと見送った相手が物言わぬ塊となって帰ってくることのつらさを、彼方は祖父の口からたくさん聞いていたはずだった。
 唯一の肉親である彼方まで死んでしまったら、老いた祖父は一人になるじゃないか。
 きっと、カレーを作ることもなくなってしまうだろうし、今よりももっと、たくさん後悔してしまう。
「本当に、ごめんなさい……。それに、俺、俺守って、二人が……しん、じゃった」
 ぽろり、涙が零れ落ちる。
 そうだ、死んだ。
 二人は、死んだんだ。
 その屍すら戻ることなく、遺された家族はどうなるんだろう。
「……この件は既に伝えられている」
「え? おじさんや、おばさんに、ってこと?」
 修の目から涙は消えていた。ただ、頬に残った水跡だけがその事実を示している。
「ソムニウムのことは本職が対応する。何故そこにいたか、何故死んだか、……むごいことだが、知らされることはないんだよ。戻らない亡骸に納得しない親族。それに対応するのは、お前じゃない。僕たちだ」
「そんな……そんなの……」
「いいか。お前は悪くない。誰も悪くない。生き残ったのは、ただ、運が良かっただけだ」
 ずずっと茶をすすった修が立ち上がり、彼方の横を通り過ぎる直前で立ち止まった。
「よく、頑張ったな。だが、武器は璃々ちゃんに返しなさい。命を張って守られた命を投げ出してどうするんだい?」
 ぽん、ぽん。
 きつい言葉に、優しいてのひら。
「あ、あ……おれ、おれそんなつもりじゃ、俺は……ただ、ただ……」
 困ったような表情は、てのひらで顔を覆い隠した彼方に見られることはなかった。
 もう一度だけ頭を優しく撫で、今度こそ修は自分の部屋へと戻っていった。

 

 ひたすら泣いた後、ふらっと外へ出る。
 ただ、外の空気が吸いたかった。
「あれ、どうしたの彼方くん」
「なんというか……はぁ、璃々さんどうにかしてください」
「ええ……」
 もしかしてずっと外にいたんだろうか。
 庭に置いてあるテーブルにお茶の缶を置き、灰皿にして煙草をくゆらせる璃々。そんな彼女をにこにこ見ていたゆえの視線が、まっすぐ彼方を貫いた。
 美男美女の真顔は怖い。怖いが、今は人がいたことに少しの疎ましさと、多大なる安堵を感じた。
「夢成さんどうだった? お話ちゃんとできた?」
「できた……んでしょうか。命を張って守られた命を投げ出してどうする、って言われました」
 うわあ。という顔が二つ出来上がる。
「相変わらずきっついねー夢成さん。私が十年間死んだって思われてた時もおもっそ抱き着かれたし、戦線から遠のくよう手回しするの推奨してきたし、身内に甘いのは確かなんだけど」
「は? 聞いてないが? あの老いぼれ……」
 死んだと思われていた。そう、璃々は言った。
 彼方は弱い。けれど、璃々は違う。ならば、話を聞かせてもらえるなら、答えが出るのかもしれない。
 ゆえをなだめる璃々に、あの、と声をかける。
「はいはい?」
「すみません。俺、どうしてもじーちゃんを説得したくて。でも、俺の命は、二人が繋いでくれたもので。わかんなくて……。死んだと思われてた話、その、よかったら……」
 つい、と顔を見合わせる璃々とゆえ。二人同時に仲良く頷き、璃々が椅子を引いた。
「まあ座りなって。私のじゃないけど」
「ふふ、そうですね、じーちゃんのだ。あと、俺の特等席は璃々さんが座ってるところなんです」
「まあじ? 変わる? 体温うつった椅子とか気持ち悪いだろうけど」
「いえ、いいですよ。このままで」
「そ? んー、ああそうだ」
 一瞬だけふらふら視線を彷徨わせたあと、ぽんっと手のひらを叩く。
「夢成さん、私のこと拾ったって言ってたでしょ。私ね、あの人に命救われて、顔覗き込まれたと思ったらいきなり、一緒に働かない? って誘われたの」
「じーちゃんめちゃくちゃ過ぎない?」
「璃々さんと絶妙に似てるのほんと腹立つんですがそれは……」
「ああ……今日同じことされたね……いや、働くことに関しては脅されたけど……」
 うっと視線を逸らした璃々が、強めに「それでそれで」と切り出す。
「色々あって断ったら、職場体験しようとか言い出して。半年だけ職場体験、そのあと就職、んで更に半年くらい働いて、職場内でもかーなり強い方になれたんだよ」
 えっへん、と張った胸が揺れる。
 思わず、本当に思わずちらっと見た瞬間ゆえから凄まじい圧が飛んできたので斜め上を見つめた。
 斜め上を見ている彼方は見えていないが、璃々もしっかりゆえへと圧を飛ばしていた。
「あー。まあそれで。ソムニウムにも種類があって。人の体を持つもの程強いって言われてるわけ。実際、人の形を保てるのは魂の強さによりけりだから。それが強い程相応の能力が持てるのね」
 ええと、と璃々が言葉を区切る。
「……まぁ。夢成さんと私っていうつよつよコンビが向かったんだけど。いや強いのは夢成さんで私はおまけみたいなもんだけど。今ならタメ張れると思うけど。まあ。私を庇って夢成さんが負傷。ソムニウムの狙いは私だったみたいで、体内に取り込まれまして」
「は?……はあ?」
「あー、私も聞いた時そんな反応したなあ……」
 呑気な声にもう一度同じ単語を繰り返しかけ、気合でとどめた。
「なんか知らんけど私に用事あったみたいで、お話だけして解放してもらったの。あいつらにも派閥があるみたいでね。彼は穏便派っていわれてる、人間との争いを好まないタイプだったようで」
「じーちゃん、怪我したのに?」
「怪我したのに。まあ、邪魔したから死なない程度にやりましたーって認識だと思うよ。根本的にずれてるから、あいつらって」
 なるほど、と頷く。そして、首を傾げてしまった。
「話し合いだけで出られたなら、十年間という時間は何故なんですか?」
「多分だけど、あいつの特殊能力でしょ。己の持つ空間の時間を現実世界から乖離させるとか、そんな」
「え、っと。つまり、その、璃々さんは……」
 にっこり笑顔で、彼女は頷いた。
「平和に会話して解放されたと思ったら十年後だった件について」
ラノベじゃねーんですよ!」
「ほんっ、とだよどれだけ心配したと思ってるんですか」
「そうだねごめんね、毎年誕生日に連絡くれるくらいには心配してたもんね……」
「うーんこの。後で覚えといてくださいね」
「たった今忘れたわ。つうわけで彼方くんも忘れてね」
「ゆえさんはめちゃくちゃ嫉妬するし愛が重いんだなって理解しました」
「忘れて」
 ずるずると机に突っ伏した彼の耳は、少しだけ赤く染まっている。
「あははっ、ゆえさん可愛いですね」
「でしょう! ゆえさんは可愛いの!」
「夢成の血は怖い、そして私の話はいいんですよボケ老人夢成の話でしょボケ老人の」
「ボケ老人……」
 己の祖父をそう言われることにどう反応すればいいのかわからず、苦笑い。
 実際彼方も、このボケ老人が! と思ったことは一度や二度ではない為否定しにくい。つまり、家でも外でもふざけきった発言をしているんだろうな。という嫌な事実が確定した瞬間だった。
「璃々さん、俺からもお願いします。続きを」
「え? お? おう……」
 とはいえど、と困惑から言葉が続く。
「十年経った事実に気付かず、上司に仕事の報告しに行ったわけ。そしたらいるの夢成さんじゃん。老けてんじゃん。めっちゃ驚いたし……、いきなり抱きしめられて、必死な声で、本当に璃々ちゃん……? とか言われてみ。言葉失くすよ」
 十年前。何をしていただろう。
 あまり、覚えていない。もう会えない二人と、馬鹿やってたことだけは確かだ。
 いつか別れが来るなんて考えたこともなかった。漠然と、将来会う回数が減ったとしても、いつまでも馬鹿やってるだなんて……、そう信じていたんだ。
 重苦しい空気を払拭するよう、璃々が笑う。
「そのあと、お仕事する度死ぬな絶対守るってなーんにもさせてくれなくて。久木さん……、夢成さんのお嫁さんですね。彼女ドライバーやってたんだけど、めちゃくちゃ怒られて仕事させてくれるようになったんだよねー」
「馬鹿でしょあの人」
「じーちゃんのこと悪く言いたくないけど……、俺もそう思う……」
「私今でも夢成さんは生粋の馬鹿って思ってるー。ちゃんと敬ってるよ、特定個人の命を大切に出来るんだから。とか皮肉たっぷりに言ったその口で半泣きになるほど大切にしてくれるんだからさ?」
「じーちゃんの黒歴史バラすのやめて……いたたまれない……」
 顔を覆った彼方に、璃々はにまにまほっぺをつつきはじめる。
「でもそういうの知りたくない~?」
「めっちゃ知りたいです! 今度じーちゃんからかいます!」
「っぱ夢成の血だわ」
「薄まってもこの性格。共に過ごすって怖いですね」
 あーこわこわ。と肩をすくめる二人に、彼方はぷっくり頬を膨らませる。すぐ、璃々につつかれて空気が抜けたけれど。
「そういう二人もそっくりですよ。夫婦なんですか?」
 ぱちくり顔を見合わせ、なんともいえない空気が漂い始める。
「え、なんか悪いこと聞きました……?」
「いや? べつに? まあ、私が璃々さんを好きなのは事実ですけどね」
「私もゆえさん大好き~。ま、歳食うとめんどくさいことが多いのよ。一緒には住んでるけどな!」
「ええっと、つまり。事実婚?」
「そゆこと~」
「ふふふ」
 祖父に似た二人は、もしかすると祖父以上に面倒なのかもしれない。あるいは、似た者同士が集うから面倒くささが増すのか。
 そんな思考を悟られないよう話題を変えようと思った瞬間、ぴろりん、ぴろりんと机に置かれたスマホが二回鳴った。
「は? 時間外労働はやめろっつってんだろ。夜中だぞ」
「えーもう私運転したくないんですけど」
「せっかくお泊りの許可もらってたのにねー」
「はあ」
 溜息が揃い、同時に立ち上がる璃々とゆえ。
「んじゃ、私ら仕事入ったから。夢成さん説得できなかったらナックル預けといて。そのうち回収するわ」
「それでは失礼しますね。どうか命をお大事に」
 灰皿代わりにされていた空き缶も、スマホも、煙草も、全て机の上からなくなった。
 もしここで引き留めなかったら、一生後悔するかもしれない。
「ま、待って!」
 すたすた歩く璃々が立ち止まり、彼女が歩みを止めたのを認識してからゆえがゆっくり振り返った。その視線にあるのは、同情。
「俺も連れてって……お願い。今行かないと、多分、一生後悔する。後悔なんかしたくないから、するくらいなら……」
 口ごもった彼方に近付くのは、璃々じゃなくゆえだった。それも、溜息を隠さず盛大に吐き出して。
「ゆえさ、ん……?」
 がしりと掴まれた頭は、めちゃくちゃ痛かった。
「死にかけても尚命の価値が低いようですね。どこぞで死なれると目覚めが悪いので、璃々さん、連れて行きましょうか」
 ゆっくり手は離されたけれど、心臓はばくばくうるさかった。
「ほら、行きますよ……?」
「はいッ!」
 今日彼方に向けられた圧の中でも、一番恐怖を呼び起こすものだった。
 目は鋭く、人当たりのいい笑顔も消えていて。
「車、まわしてきます。待っていてください」
「あいよ~」
 ひらひらと手を振って見送り、ついぞ振り返ることのなかった璃々が、ようやく彼方を見た。
「怖かった? ごめんねぇ。お詫びにいいこと教えてあげる」
「めちゃくちゃこわかった……こわい……いいことおしえてりりおねえさん……」
「んふっ。……夢成さんによって前線を遠のいて隠居生活することになったの。程よく時間が経ったら、戸籍上から、何もかもから、私という痕跡を消すつもりだった」
「え、え?」
「だから、私ね。死んだってわかるだろうに十年も連絡し続けていた、してくれてた、諦めの悪いあの人にさよならしに行ったの」
 ふわっと、思い出すよう柔く笑顔を浮かべる璃々。
「あなたは普通に、幸せに生きて死んでほしい、わかってほしい、まあそんな感じのことを言ったの。そしたらね、あの人なんて言ったと思う?」
「なんて、言ったんですか?」
「わかりませんが? じゃあ今ここで殺してください。そしたら幸せに死ねます。……だってさ」
「ぶっふ!」
 盛大にふきだした彼方は悪くないだろう。多分。
「いやあ……負けたわ……完敗だわ……ああもういいやってなったもん……」
「強火思考もそうだし愛が重い」
「くそわかる。……ね、さっきさ」
 幸せそうな笑みを消し、にこにこ笑いに戻った璃々。
「死んでもいいって言おうとして、やめたでしょ。だめだよ、この仕事やってる人にそういうこと言ったら」
「そう、ですね」
 思い出すのは先程の光景。
 いつもふざけていて、時には真剣に叱ってくれる。そんな祖父の涙。
「命は軽いんだよ。すぐ、なくなる。大事な人の命を守るなんてかっこいいかもしれないけど、実力も伴わない人間が言ったところでお笑い種なんだわ。かたき討ちだってそう。きみは、なんでそんなにしがみつくの?」
「……それを、確かめたいんです。だから、連れて行ってください」
「いいよ。まぁ私は強いからきみのこともゆえさんのこともしっかり守ってあげる」
 ゆえの名前に、彼方が顔をきゅっと顰める。
「ゆえさんは、守られたくないと思いますけど……」
「適材適所よ。命は私が守る。私の精神は、あの人次第だけどね」
 ひく、と顔が引きつるのを感じた。
「お似合いですね、二人とも」
「だといいな。……あ、ゆえさんだ~」
 ぶんぶんと手を振る璃々の背に、彼方の視線が刺さり続けた。